
朝日新聞に掲載いただきました。今回は全国紙ということで、反響が大きくお客様も増え、各方面からお問い合わせが増えています。ありがたいことです。今後取材記事に相応しい、ギャラリーとして運営していけるよう努めて参る所存です。
掲載の直後、姫野淸高さん(大分商工会議所会頭)「大分県のサテライト店舗『坐来』で新聞を見たよ」とご来廊いただきました。東京にいる地元の方にも応援いただいていることが分かり、嬉しくなりましたのでご報告します。アートや文化の発信はもとより、これまでの経済界とのつながりも大事に、ビジネスのマッチングポイントになる空間になれればと、アドバイスを頂きました。
出会いを大切に、ギャラリーのスタイルを模索していきたいと思います。
(以下テキスト・日本版、国際版)
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81年前に建てられ、取り壊されるはずだった東京・銀座のビルがこの夏、ギャラリーに生まれ変わった。歴史ある建物を大切にしてきた地元の人たちの思いが、ビルを建て直そうとした若い実業家の心を動かした。銀座1丁目の昭和通り。オフィスビルに挟まれ、3階建ての洋館が立つ。1932(昭和7)年に建てられた「旧宮脇ビル」。くすんだ茶色のタイル壁が目を引く。中に入ると2階部分まで吹き抜けで、壁は真っ白。奥にあるドアは片面がピンク色に塗られている。2階の床板を1階の天井に使い、ガス管はむき出しのまま。6月、オープンしたばかりの「銀座レトロギャラリー MUSEE(ミュゼ)」だ。ギャラリーを始めたのはビルのオーナーで、コンサルティング業の川崎力宏(りきひろ)さん(29)。4代にわたって大分県で建設業を営む一家の長男だった。3年前に亡くなった父親を継ぐはずだったが「古参の経営陣と対立」。悩んだ末に独立を決め、昨年2月、母と上京した。オフィスビルを建てようと物件を探すなかでこのビルと出会い、購入に父の遺産の一部をあてた。しかし、解体の見積もりで足を運ぶうち、何度も近くの人たちに声をかけられた。「いつ解体するの」「せめて前に植えてあるモミジとツバキは残して」。2本の木は約40年間、1階にあった小料理屋のおかみさんが育てていたと聞いた。「もう二度と手に入らない建物かもしれない」。歴史ある銀座で地域に親しまれたビルなら、ギャラリーとしてやっていけるのでは。構造も頑強で、改装を決めた。2月下旬、解体まであと1週間だった。「建設業一家のDNAが騒いだのかもしれませんね。建物は古くても、未来志向でスパイスのきいたギャラリーにしたい」。2本の木は、いまもビルの前に残っている。近くに住むジュエリー作家の牧紀子さんは「80年間、激動の銀座を生き抜いた地域の財産。建物が残っただけでなく、ギャラリーとして公開されるなんてうれしい」と話す。ギャラリーでは9月1日まで、オープニング企画として前衛芸術家の故・風倉匠さんの作品展などを開いている。
■レトロな建物、残す動き 歴史ある銀座では、古い面影を残そうという動きが広がっている。1丁目の奥野ビルは1932年築。地上7階地下1階の「高層アパート」として建てられた。黄色い蛇腹を手で開ける手動式エレベーターも現役だ。2009年に最後の女性住民が100歳で亡くなり、住む人は誰もいなくなったが、各部屋は画廊やアンティークショップ、事務所などとして使われる。女性の部屋は、ビル内の画廊に出入りしていた有志が「銀座奥野ビル三〇六号室プロジェクト」を立ち上げ、保存している。美容師だった女性は、12畳の部屋を住居兼職場として使っていた。壁紙は剥げ、窓枠もさびているが、すべてそのまま残る。「ビルの中で、借り主がずっと変わらなかった部屋はここだけ。何とか残したい」。有志の一人で会社員の比留間雅人さん(41)は言う。家賃はみんなで負担。ビデオ上映会や茶話会を開き、面影を楽しむ。ビルを所有する奥野商会の奥野亜男(つぐお)社長(69)は「壊す計画は全くない。東京で最も古いビルの一つとして、歴史の重さを感じながら、大事にしていきたい」と話す。中央区観光協会によると、銀座に残る古い建物はこのほか、銀緑館(24年築)、泰明小学校(29年築)、時計台で有名な和光(32年築)などがある。中央区観光協会によると、銀座に残る古い建物はこのほか、銀緑館(24年築)、泰明小学校(29年築)、時計台で有名な和光(32年築)などがある。
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银座的百年建筑历经似水流年,山茶与绿枫洒落婆娑树影,老电梯的铁栅门喀啦喀啦地缓缓合上,斑驳的记忆婉转流动,粉红门开启,裹挟着艺术的风,翻开了新的篇章。东京银座,一栋81岁高龄的老楼,就差那么一点,楼倒人散。是的,它的命运本应是被拆毁。现在,却摇身一变成了画廊。周边居民那么希望能保护这座历史建筑,这份心意终于打动了业主,那位本想翻建这栋老楼的年轻实业家。银座1丁目的一角,办公大楼林立,一栋三层楼的西洋建筑栖身其间。那就是落成于1932年的“旧宫胁大楼”,外墙暗茶色花砖引得路人目光流连。步入大厅,雪白的墙壁一直延展到建筑的二楼,开放式的结构设计令空间敞亮而明快。二楼的地板被再利用,飞上了一楼的天顶,而煤气管道就这么裸着,为大楼带来现代元素。深处的门,单面被刷上了亮丽的粉红色。这里,就是今年6月新开的“银座复古画廊MUSEE”。开设这家画廊的是该建筑的业主、从事咨询业的川崎力宏(29岁)。川崎本想在东京开发一座办公楼,寻找地皮的时候遇上这栋老楼,于是动用父亲的一部分遗产购入了产权。但是,就在川崎计划着拆老楼起新楼的时候,附近的居民纷纷找上门来。“什么时候拆啊?”“至少把楼前的枫树和山茶树留下啊。”据说,这两株树是原本在一层经营小餐馆的老板娘40年前种下的,大家照顾了许多年。“没准,再也遇不上这样的建筑物了”,川崎想。银座历史悠久,附近的居民对这栋老楼有着深厚的感情。而且,建筑虽然老旧,楼体结构却十分坚固。如果把老楼改造成画廊,或许是个两全其美的办法。最终,川崎放弃重建计划,调头重新装修。老板娘的两株树得以幸存,至今仍摇曳在楼前。珠宝设计师牧纪子就住在附近,她说:“80年了,老楼在动荡的银座挺立至今,已成为这个地区的宝贝。现在,不仅保留下建筑本身,还赋予它新的角色重新起航,实在是让人高兴。”
再寻历史建筑之“美” 银座,算得上日本最著名的繁华地段,并且有着悠久的历史。因此,此地聚集了很多历史建筑。当下,保留这些银座老建筑的趋势逐渐抬头,艺术怀旧风盛行。位于1丁目的奥野大楼建于1932年,地上七楼加地下一楼,是当年的“高层公寓”。大楼里,老式的手动式电梯仍在服役,拉开黄色铁栅门的时候,喀啦啦地响。2009年,楼里的最后一位女房客去世,享年100岁。那之后不再有住户,各个房间变身一个个画廊、古玩店或是事务所。那位百岁女房客的房间,被几位经常光顾大楼内画廊的同好保存了下来,成立了一个“银座奥野大楼306号室Project”。女房客原是一名美发师,这个约20平米的房间曾是她的住处兼工作室。“这栋楼里,一直没有更换住户的仅有这间房间而已,我非常想将它保留下来”。其中一名企划案发起人、公司职员比留间雅人(41岁)如是说。据他介绍,房租众人分摊,大家都很享受这种怀旧的氛围,经常在这里举办影剧放映会或茶会。该建筑的所有人、奥野公司社长奥野亚男(69岁)表示,“我们完全没有要拆除这里的打算。这是东京最古老的建筑之一,我们愿一边感悟着历史的沉淀,一边好好保护它”。银座的历史建筑星星点点,除了上述两处,还有“银绿馆”(1924年建)、“泰明小学”(1929年建),及因钟楼而闻名的“和光”百货大楼(1932年建)等等。