企画展「アール・デコの時代 古写真で垣間見る1920-30」

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開催趣旨

2016年8月〜9月、銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ)では、企画展「アール・デコの時代 古写真で垣間見る1920-30」を開催します。

アール・デコとは、1925年にパリで開催された「現代装飾美術産業美術国際博覧会」の一部を省略したことに由来する名称です。アール・デコの源のひとつは、流動的な形態表現を主としたアール・ヌーヴォーですが、アール・デコでは、様式化された幾何学的・抽象的なデザイン表現が追求されました。

折しも1920年代は、飛行機や汽船が発達し、汽車や自動車はスピードを求めた時代でした。それを反映する機能的でダイナミックな表現として、流線型やジグザグ模様が現れました。アール・デコは、起源においてフランス的な表現でしたが、1920年代から30年代にかけて他の西欧諸国やその他諸外国でも広く支持を得て、地域の特性と結びつきながら各地で各々の展開が見られました。

特に、大戦の舞台とならずに工業力を高めたアメリカでは、ヨーロッパ諸国にはいくらか遅れたものの、20年代にはニューヨークを中心にアール・デコが展開され、クライスラー・ビルやエンパイア・ステート・ビルに代表されるアール・デコのモニュメントが創り出されました。大恐慌を経た30年代には急速にアメリカ全土に広がり、とくにマイアミとロサンゼルスに多数のアール・デコ建築が建てられ、ハリウッドに代表される圧倒的消費文化も追い風となって拡大しました。

一方で不況の影響が日用品にも及び、30年代には大量生産に適したプラスティックなどの新素材がアメリカ人の生活に浸透し、新たな表現を可能にしました。その後モダニズムの時代になって、装飾が削ぎ落した、規格化と大量生産が可能な製品が主流になると、「装飾性」を前面に押し出したアール・デコは前時代的な遺物とみなされるようになりました。デザイン史上で評価されなくなった時代があったのです。

しかし、社会のあらゆる面で合理性と機能主義に従った都市景観が広がる今日、近代的デザインの先駆けとなったアール・デコ様式がかえって新鮮なものとして人々に受け入れられ、再び評価が高まっています。

本展では、美術史書籍の翻訳者、古賀敬子が、アールデコの時代に撮影されたレトロな古写真、意匠が際立つ建築写真を中心に、当時の世相が伝わる25点を選定しました。写真出力に際して、現代の色彩色調アレンジを施し、ゴールドの額装としました。

マン・レイ(Man Ray 1890-1976)と交わり、「変わりゆくニューヨーク」に参画し、変貌していく都市景観を技巧的脚色なしに撮影したアメリカの女性写真家ベレニス・アボット(Berenice Abbott 1898-1991)を中心に紹介。アール・デコの意匠、当時を生きた人々と街の景観との関わりが垣間見えるものという軸で選定し、当時の様子を再現しようという展示です。

銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ)の建築は、1931年竣工。銀座に残る希少な近代建築を舞台に、古き良きデザインが時代を牽引した様子を回顧いただきます。当時流行したスクラッチタイルの外観は、アール・デコに憧れた日本人が、レンガを模して、独自に編み出したものです。モダンで活気あふれるアール・デコ時代の雰囲気をお楽しみください。 

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ベレニス・アボット(Berenice Abbott 1898-1991)

 

1898年オハイオ州スプリングフィールドで生まれ。コロンビア大学でジャーナリズムを学んだのち、ニューヨーク、パリ、ベルリンで絵画や彫刻、写真を学ぶ。1929年にニューヨークに戻り、1939年、出世作となる「Changing New York(変わりゆくニューヨーク)」を発表。

50年にわたるアボットの仕事は、都市の記録ばかりでなく、そのテーマ、手法は多岐に及び、アメリカ写真界のパイオニア的存在として名高い。1920年代、マン・レイ(Man Ray 1890-1976)のアシスタント時代、パリに集う前衛アーティストのポートフォリオを、被写体を正面から見つめる正統な肖像写真の手法に即し撮り始め、人物の個性や人柄を鮮明に浮き彫りにした。1929年、住み慣れたニューヨークに戻り、急速に変貌を遂げる都市を目の当たりにする。高層ビルや鉄橋が作り出す幾何学的な光景や、そこに住む人々の生活、表情を大型カメラで記録した作品は、パリ時代に心酔し、世に送り出すも不出世に終わった写真家ウジェーヌ・アジェの写真を想起させる。アボットによるシティースケープは、技巧的脚色なしに撮影したもので、ニューヨークという過去に例のない摩天楼の鼓動とダイナミズムを焼き付けている。

80年近く経った現代において、アボットの写真は歴史的に重要であるばかりではなく、徹底してリアリズムを追求した姿勢が真価を発揮し、惹きつけてやまない。

 

 

展示作品紹介

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山下 和 展  ローベルト・シュトルツ物語〜ベルリン・ウィーン〜 

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絵本「ワルツの最後の王様“ローベルト・シュトルツ物語”」(青心社出版)をより楽しんでいただくため、シュトルツ音楽コンサートと作品展の夢のコラボレーションを展開してきた山下和さんの展覧会。

これまで、大阪、ウィーン、ベルリンと成功を収め、今回は銀座で開催します。独創的な画風、ウィーンとベルリンの空気を感じに、お気軽にお立ち寄りください。

 

 

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【ビジネス】Wilsonテニスラケット新作モデル 世界同時発表イベント
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報道関係者様各位【ウイルソン】ロジャーフェデラーモデルプロスタッフ発売記念イベントのご案内

 

ウイルソン契約プロ・テニスプレーヤー「ロジャー・フェデラー」モデル

テニスラケット「PRO STAFF」新作発売記念メディアイベント

「PRO STAFF & ROGER FEDEER Premium Musium」を開催

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 この度、アメア スポーツ ジャパン株式会社(本社:東京都新宿区新宿 6 丁目/代表取締役社 長: 岸野 博)ウイルソンは、来る2016年 7 月 20 日(水)に現在世界ランキング3位(7月 11 日 付)である同社契約プロ・テニスプレーヤーロジャー・フェデラー使用の新作テニスラケット 「PRO STAFF」発売記念イベント「PRO STAFF & ROGER FEDERER Premium Museum」を、東京・銀座一丁目「銀座レトロギャラリーMUSEE」にて開催する運びとなりまし た。2016 年 8 月で 35 歳を迎える、史上最高テニスプレーヤー“ロジャー・フェデラー”が開発 を指揮した New PRO STAFF の商品説明会および商品発表会を行います。

 この商品は、1984 年の発売時から、多くのファンから永遠不滅の支持を得る、テニス界唯 一の名器であること。史上最高とも言われる輝かしい戦績をもつロジャー・フェデラーがその 使用者であることから、テニス界のみならず、話題となるモデルでもございます。ぜひご来臨 賜りますよう何卒宜しくお願い致します。

 

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ART CROSS PROJECT 2013 SUMMER ヒントの森 in GINZA
當間美紀子「雲を掴む」

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展示概要

 

銀座のギャラリーやショップなどがアーティスト達に期間限定で場所を提供し開催される「ヒントの森in GINZA 2013 SUMMER」に銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ)が参加します。MUSEEのシンボルツリーである「紅葉の木」に沖縄出身のアーティスト、當間美紀子さんの作品”雲を掴む”を展示します。

 

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平下 英理 展 「忘れえぬ景色」

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開催趣旨

 

平下英理(1985〜)は、神奈川県茅ヶ崎を拠点に活動する画家です。東京造形大学で油画を学び卒業後、明快な色彩と大胆なコンポジションを特徴とする作品を手がけてきました。絵画制作のプロセスを「生への希求」であると考え、予定調和を超えたその先の領域に踏み込むことを模索しています。

トーキョーワンダーウォール入選作品展2015(東京都現代美術館)をきっかけに、銀座レトロギャラリーMUSEEで、初夏に相応しい新作を発表します。茅ヶ崎に残る歴史的建造物「旧南湖院」、そこで最期を過ごした文化人たちの見た景色をモチーフに作品を展開します。どうぞご期待下さい。

 

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作家挨拶

 

2016年初夏、東京銀座で年月の重みをもった近代建築で展示するにあたり、過去の遺産を主題にしました。私の住処である、茅ケ崎に残る明治32年に建てられた木造建築「旧南湖院」を見つめます。ここは、大正期の急速な近代化をすすめた東京からも、多くの患者を迎え、東洋一のサナトリウムと称されました。国木田独歩が最期を迎えた場所でもあります。今茅ケ崎をみつめる私の視点と、サナトリウムで過ごしていた作家たちがこの景色に向けていた眼差しが、どこかで共鳴できるのでしょうか。それを私は画家として探っていきます。その鍵となるのが唯一残されている「旧南湖院」です。そこから、この地によって呼び起された「生への希求」を描きたいと思います。

平下  英理    

   

「忘れえぬ景色」

 

嘗てここには、海岸線から砂丘が広がり、防砂林である松の陰から赤い風車や白妙の洋館の屋根、巨大な給水タンクが隠見する景色が広がっていた。湘南地方を療養転地として知らしめたサナトリウムがあったのは100年近く前。今や当時の趣きを残すものは、第一病舎であった木造洋館一棟だけである。いたんだ木肌はひび割れ、よごれた外壁は塗り替えられて、何度も補修されては辛うじて今在る建物。

全てが終わってしまった跡、時代に取り残されたままの、その所在の無さをどのように受け止めればいいか私には分からなかった。憶えのない記憶を感じ取ることは難しい。

でも、このサナトリウムで最期を迎えた国木田独歩が構想していた作品「砂丘」、片上天弦「茅ヶ崎日記」や前田夕暮の詠んだ短歌をこの場所で読むと、その息遣いを感じて共有できるものがあるように思う。

 

風車赤く風に光り、一日ぢゅうカラカラと空で笑ってゐた
赤い風車の下の、敏感な検温器のそばで、わが子さよりのやうに寝てゐる
東洋的な感傷をそそる撫子の路と療養所の白い建物のかげ
ぬれたコンクリート廊下に空がうつり、涼しすぎる海浜療養所の朝かげ
日は林に照り、日は砂にかげり風、風車に光る午前午後
秋草の紫のかげふかい夕なぎの砂丘で、何をわが子に話したことか

前田夕暮(「南湖院と高田畊安」川原利也著 中央公論美術出版 より)

「スナッフ」(2016)23×27.5cm  キャンパスにアクリル、油彩

 

生きた感覚として、作品が肉体にしみわたるような感覚だ。景色も価値観も様変わりしてしまったはずだが、五感に響くものは今も近いのではないか。作品とはそういうものであるし、だからこそ形あるものに現し、遺してきたはずである。それゆえに、作家が病床において辛苦ののちに断念された、表出されなかった作品の事も想う。

現在、あの頃の海風に刻まれた砂丘も、感情を代弁した赤い風車も、もうここには無いのだ。

 

作家経歴

 

 平下 英理

1985年 神奈川県生まれ
2009年 東京造形大学 絵画専攻 卒業

 

 グループ展
2007年「THE SIX」横浜赤レンガ倉庫
2008年「ワンダーシード2008」トーキョーワンダーサイト渋谷
    「FOUR+SEVEN」exhibit Live&Moris Gallery
    「KOSHIKI ART EXHIBITION 2008」甑島市内
2010年「VOCA2010」上野の森美術館
2014年「SQ117」 Gallery惺SATORU
2015年「トーキョーワンダーウォール入選作品展2015」東京都現代美術館
    「New Artists 2015」 Gallery Jin Projects

   個展
2009年「ストレンジ&チャーム」Gallery b. Tokyo

 

展覧会の様子

 

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本日2016/6/29(水)14時より平下 英理 展 「忘れえぬ景色」がスタートしました。神奈川県茅ヶ崎を拠点に活動されている画家、平下英理さんによる7年振りの展覧会です。今も茅ヶ崎に残る歴史的建造物「旧南湖院」。国木田独歩、前田夕暮らが療養し最期を迎えた東洋一のサナトリウムを舞台に、そこから浮かぶ記憶、そして景色を表現した10作品(アクリル、油彩8点とドローイング2点)をご覧いただきます。サナトリウムで紡がれた文学から着想を得たという(蛍光色で新鮮味を帯びた)中国語の文字。今はない赤い風車の影。時間軸を超えた文化人達の記憶を探る展示となりました。 2016/7/2(土)には、作家を囲んでのパーティー(ギャラリートーク、入場無料)を開催し、制作意図を中心に語っていただきます。お気軽にお越しください。

 

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平下英理展、開催されたギャラリートークの様子です。 暑い中でしたが、多くの方々にお越しいただきました。作品制作の意図、技法など、作家の平下さんより丁寧に解説して頂きました。 メインの作品には、実は3つの時代(明治、戦時中、現代)が3分割されて描き込まれています。戦時中は、空撃のターゲットにされないよう、そばの松林に似せた迷彩模様が外観に施され ていた様子が、画面右端に表現されています。重層的に、時間軸を一枚に収めた手法に、皆さん驚かれていました。

MEIKO 松村メイ子 画業50年 記念展 「戦後71年 出会いの軌跡」

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開催趣旨

 

 松村メイ子(1935-)は、71年前の戦争で自身が体験した出来事をきっかけに50年間ひたすら、人との対話を重ねた「絵手紙」の制作に取り組んできた画家です。

 第二次世界大戦で、陸軍歩兵第34連隊に所属した父親が、先陣隊として行き先を告げぬまま徴兵され、中国の激戦地に赴きました。幼い松村メイ子は、長女として母と弟4人を支え、死者2000人超となった静岡大空襲を逃れ、山間の村に疎開し、力強く生き抜きました。10歳の頃、静岡市で終戦を迎えるも、父親が「生きているか死んでいるか分からない。」壮絶な環境で生活。1946年の末、疎開先の村人によるドラム缶風呂に入れてもらった「些細な親切が忘れられない」と回顧します。

 戦後5人の子供たちは、それぞれの人生を歩み、アジア、ブラジル、ニューヨーク、ペンシルベニアに渡り、国際的に活躍。命を奪われることなく生きたからこそ、その後の人生があった。どん底を経験したからこそ、どんな些細なことにでも喜びを見つけられる。画業に取り組むきっかけは、結婚後、そうした自身の「人生の可能性」に気づいたことに基づきます。徴兵された亡父が胸に入れて戦地で持ち歩いた一枚の写真。そこから描いた作品「戦争の記憶」が、創作の原点にあります。

 松村メイ子は、夫を若くして亡くし、女手一人で昭和という時代を生き抜きました。ブラジル道場で稽古を重ねる柔道などに取り組むバイタリティある活躍は、目を見張るものがあります。大病を乗り越え、81歳を迎えた彼女の人生は、波乱万丈そのものです。

 「些細な親切に恩返ししたい」感謝の想いから、50年間ほぼ毎日10枚誰かに、絵手紙を描き続けてきました。その数、5000枚を超えます。最近は、デイケア、デイサービスなどで、お年寄りをモデルに一人一人と丁寧に対話を重ねています。さりげない会話、その瞬間にこぼれたその人物の機知を捉え、筆を走らせます。

 戦争体験を知る者が少なくなった現代。対話を避ける希薄な人間関係が当たり前になった今、歴史の語り部として、対話を重んじる彼女の姿勢、その存在価値は計り知れません。

 2016年7月、銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ)では、松村メイ子という人物と、彼女が描いてきた絵手紙を紹介します。終戦から71年を経過した今、彼女の生き様、軌跡を感じていただければ幸甚です。

 

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ナンタケットバスケットデザイナー MIKIKO 展 2016
Nantucket Basket X Nippon

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【開催趣旨】 ginza-MUSEE(ミュゼ)-nantucket-basket-mikiko-02

 

 「ナンタケットバスケット」は、アメリカ東海岸、マサチューセッツ州の小島に伝わる伝統工芸品です。捕鯨の歴史を今に伝え、繊細で優雅な曲線、使い込むほどに生まれる味わいから、現代でも多くの人を魅了してやまない存在です。

 Mikikoは、02年渡米し制作活動を開始。自身のブランド「Nantucket Firelight」を立ち上げ、15年には、現地ミュージアムで日本人の作り手として展示紹介されるなど今注目のデザイナーの一人です。2016年5月、初めての個展「Nantucket Basket x Nippon」を東京銀座で開催します。

 普遍的に愛されている伝統的な意匠をはじめ、模様編みや茶染めの籐を使ったコンテンポラリーな作品。そして、日本の感性が活きた他にはない新しいスタイルの作品。アメリカの遠い島で生まれたナンタケットバスケットが、海を越えて「日本」で出会う、日本人デザイナーMikikoによる凱旋展。どうぞご期待ください。

 

【作家挨拶】ginza-MUSEE(ミュゼ)-nantucket-basket-mikiko-03

 世界の数あるかごの中でも、米国・マサチューセッツ州ナンタケット島の伝統工芸品である「ナンタケットバスケット」は、捕鯨文化とその土地の風土が融合されたユニークなかごです。長い航海の中で捕鯨船の樽職人が鯨油を入れるために、また灯台船の中では日用品のためにと作り続けられていました。今では日用品から美術的な工芸品となり、ナンタケット島で長く愛され続けています。

 私が最初にナンタケットバスケットを作ったのは14年前。出来上がりの美しさは自分の手加減一つ、微妙な曲線や間隔で作りあげる面白さ、素材や形の組み合わせで限りなくデザインが広がることの驚き、制作過程を楽しみ、感動し、バスケット制作にすっかり夢中になりました。

ginza-MUSEE(ミュゼ)-nantucket-basket-mikiko-04 最初から最後まで手作業を貫き、精緻な編目と量産品にはない手仕事の美しい形、ずっと手元においておきたくなる、眺めているとうれしくなる、使っているうちに愛着がわく、ナンタケットバスケット。この魅力をより多くの方に伝えたく、心をこめて作り、お届けしたいと思う気持ちで、2008年に私のバスケットブランド「Nantucket Firelight」を立ち上げました。その思いは、今も私のバスケット制作のベースになっていることは変わりません。

 今回、「Nantucket Basket x Nippon」をテーマに、アメリカのはるか遠い島で生まれたナンタケットバスケットが、海を越えて日本で出会う、私のバスケット作品展です。ナンタケット島で親しまれている花や動物たちをモチーフにした飾りがついた蓋付きバスケットのコレクションをはじめ、模様編みや茶染めの籐を使ったコンテンポラリーな作品や2015年ナンタケットバスケットミュージアムの展示に出品した「Five Twills」、日本の伝統工芸を飾りに用いた新しいカタチのバスケットなど、海の向こうに思いを馳せながら、私が丁寧に作ってきたナンタケットバスケットをご覧ください。

Mikiko

Nantucket Firelight

 

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作家経歴

MIKIKOMikiko
ナンタケットバスケットデザイナー   米国・マサチューセッツ州在住 

2002  米国・マサチューセッツ州移住後、ボストン郊外にてナンタケットバスケット教室に参加。
ファーストバスケットの6インチラウンドオープンバスケットを作る。

2005  ナンタケットバスケット作家 Arthur & Marion Landfors夫妻に模様編みバスケット制作を伝習。

2006  ナンタケット島在住のナンタケットバスケット作家Tim Parson氏の個人指導を受ける。
ボストン郊外にて出張教室を開催。

2008  自身のナンタケットバスケットブランド「Nantucket Firelight」を設立。

2010  「丁寧な手仕事。 Cherry Blossom Exhibition」(RBRギャラリー、麻布)に参加。2Dayワークショップ開催。
ナンタケットバスケットでは最小のペンダントヘッドバスケットを作る。

2012  2012春夏コレクション・1日ワークショップ(artsea店、横浜ベイクォーター)を開催。
オリジナル型を使ったバスケット、『Wave』を作る。

2015  ナンタケットライトシップバスケットミュージアム (ナンタケット島, マサチューセッツ州)にて
「Exhibit 2015 GEN NEXT」にミニバスケットのTwillシリーズ5点を出展。

2016  初の個展「Nantucket Basket x Nippon」(銀座レトロギャラリーMUSEE、東京)を開催予定。
ナンタケットライトシップバスケットミュージアム (ナンタケット島, マサチューセッツ州)にて
「Faraway Islands」出展予定。

展覧会の様子

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本日2016/5/25より「ナンタケットバスケットデザイナー MIKIKO 展 2016 Nantucket Basket X Nippon」がスタートしました。アメリカ東海岸に伝わる伝統工芸に、日本人として渡米し、現地での精力的な取り組みが注目されている作家MIKIKOさん。初の、日本凱旋とも言える展覧会です。

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趣あるアンティークの衣桁に、お祖母様が大事にされていたという着物、そしてナンタケットバスケット。ギャラリー1階では、日本人としてのオリジナリティを出そうと意識して製作された作品を中心に構成しました。伝統技法を踏襲しつつ、黒檀の留金、京象嵌などが個性を見せています。

珍しいものとしては、親指ほどの大きさの極小ミニバスケット。現地のミュージアムで開催された「GEN NEXT」という企画に招待展示され、アメリカ人も驚いたといいます。普通のものと比べて約2倍精緻に編み込まれています。
2階では、ナンタケット島での生活や歴史、バスケットの製作風景をおさめたスライドショーを上映。そして、メインとなる宙吊りされたオリジナルラインの7作品が目に飛び込みます。

捕鯨の文化を今に伝えるナンタケットバスケット。その魅力を、日本とコラボさせ、お伝えする展覧会です。作家のMIKIKOさんも、会期中来廊されています。どうぞお気軽にお越しください。

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岡田菜美 展 ビート

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開催趣旨(ごあいさつ)

 

ある時間の中にあるほんの一点を切り取った範囲、そしてそれらの集合をbeatと呼ぶとするなら
一瞬一瞬を刻み込み完成される絵画は目に見えるbeatなのではないか。
線を引き空間を切り取り何層もの絵の具を重ねる。鮮やかな緑や朱、そしてどこまでも深い黒や群青。
色彩、またはそののせ方一つ一つが私の気持ちによって選択され刻まれる。
生きている中で誰しもが感情の中で強弱をつけながらあてどなくリズムを刻んでいる。
拍子をうっているのではない、感情の変化のリズムだ。
私の絵をみることでそのリズムの中にある私のbeatを少しでも刻んでほしい。

そう願い、このたび初個展「ビート」を開催します。

                                      

                                岡田 菜美

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ブレストビーズ 腰本みきこ 展 MOTHER


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林 桃子 展「異空間 new dimension 」ー独り彷徨うー

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開催趣旨

 

林 桃子(1985〜)は、日本画の可能性を新しく切り拓こうと活動する作家です。
日本画は、明治期に洋画が発展する過程で生まれ、日本の伝統的な様式を汲み、
岩絵具や水干絵具を膠と水で溶き、和紙に描く絵画技法です。 
多摩美術大学(院)に進み、淡く独特な色彩の日本画に魅せられ
「心の中の無意識を抽象化する」を主軸に、現代美術としてのアプローチを重ねてきました。 
自己の内面を描くことを「孤独な闘い」と回顧し、自分に自信が持てず、
白を基調とした作品が増え、苦しんだ時期がありました。
2015年6月トーキョーワンダーウォール(東京都主催)へ参加した頃より、
自然と色彩が明るくなり、内面の変化が鮮明に現れるようになりました。

「孤独」から抜け出し、対外的に心を開きたいという想いが募り、
自身初めての個展を銀座レトロギャラリーMUSEE(ミュゼ)で開催します。 
「異空間new dimension 独り彷徨う」と題し、新たな局面に立つ、
林桃子の描く新しい日本画の世界へ、皆様をお連れします。ご期待ください。

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