新商法で競い合った百貨店。1872年(明治5年)横浜と新橋をつなぐ日本初の鉄道ができたことで、銀座には、舶来品を扱う商人が、時計商、西洋家具店、洋服店、洋食屋、パン屋などを出店。新進気鋭の商人は、江戸時代からの座売ではなく、ショーウィンドウを設けた。高級商店、専門店な立ち並び、「銀ぶら」という街歩きができる街となる。1924年(大正13年)松坂屋を皮切りに、松屋、三越が進出し東京随一の商業地に。百貨店は、慣例だった下足預かりの廃止し、バス送迎、くじ景品、ヒョウやライオン動物園など、新商法で話題をさらう。この絵葉書は、松屋に現存する中央ホール吹き抜け空間を描いたもの。7フロアを貫き天井高25m。1956年(昭和31年)には、東洋一の空中エスカレーター『スカイリボン』が完成し人気を博す。半世紀以上続く名物催事『百傘会』は、数百本の傘が花開く眺めは壮観。娯楽文化を生む松屋を、永井荷風は『断腸亭日乗』の中で「松屋百貨店店飾りの活人形を観るものの如し」と記し、百貨店は大衆化する。【11】1924年(大正13年)・東京銀座 松屋呉服店
