【30】終戦。占領下の銀座。GHQが松屋・服部時計店・伊東屋を接収。>太平洋戦争での敗戦後、アメリカ進駐軍はGHQ(連合軍総司令部)を置き、都内600箇所の建物を接収し、戦車で都内を行軍して回った。銀座では服部時計店、次いで松屋、伊東屋がPXとして接収され、戦前とは違う街並みとなった。PXとは“Post Exchange”の略で、米軍基地内の売店を指し、日本人客は立ち入れない、アメリカ軍人と家族のための店舗である。接収は7年間続き、1952年(昭和27年)9月に返還式が行われ、半年以上をかけて建物内外の新装、社員教育など準備を整え、翌年5月新生松屋としてオープン。新たな歴史を歩み始めることに。かたや、接収されていた1947年(昭和22年)服部時計店の小売部門の業務を継承し、株式会社和光が設立され、銀座5丁目の仮営業所が設けられた。接収解除後、現在の和光本館にて事業を開始。これを記念し、ショーウインドウを当時の気鋭のデザイナーが競作し、以後現在に至るまで、和光のショーウインドウは、「銀座の顔」として定着した。【30】1946年(昭和21年)・Tokyo P.X. at Ginza Street

終戦。占領下の銀座。太平洋戦争での敗戦後、アメリカ進駐軍はGHQ(連合軍総司令部)を置き、都内600箇所の建物を接収し、戦車で都内を行軍して回った。銀座では服部時計店、次いで松屋、伊東屋がPXとして接収され、戦前とは違う街並みとなった。PXとは“Post Exchange”の略で、米軍基地内の売店を指し、日本人客は立ち入れない、アメリカ軍人と家族のための店舗である。接収は7年間続き、1952年(昭和27年)9月に返還式が行われ、半年以上をかけて建物内外の新装、社員教育など準備を整え、翌年5月新生松屋としてオープン。新たな歴史を歩み始めることに。かたや、接収されていた1947年(昭和22年)服部時計店の小売部門の業務を継承し、株式会社和光が設立され、銀座5丁目の仮営業所が設けられた。接収解除後、現在の和光本館にて事業を開始。これを記念し、ショーウインドウを当時の気鋭のデザイナーが競作し、以後現在に至るまで、和光のショーウインドウは、「銀座の顔」として定着した。【30】1946年(昭和21年)・Tokyo P.X. at Ginza Street