壊滅的に倒壊した銀座。1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災では、東京市3,830ha、横浜市950haが焼失するなど関東一円に壊滅的被害が生じた。内閣不在の最中9月2日夜、余震と火炎が空を覆う状況下で、赤坂離宮の芝生で親任式が行われ、第二次山本内閣が発足、後藤新平は内務大臣に就任した。後藤新平は、震災火災が続いているその夜から想を練り、「帝都復興根本策」を記した。内容は「一、遷都すべからず、二、復興費に30億円を要すべし、三、欧米最新の都市計画を採用して我が国に相応しき新都をつくる、四、新都市計画実施のために地主に対して断固とした態度をとる」というものであった。この30億円は後藤の直感であったという。【9】1923年(大正12年)・大正12.9.1東京大震災実況銀座ヨリ京橋
