【22】フォーマルに決め小粋に遊ぶ、銀座の流儀。関東大震災の復興が進むなか、昭和初期の銀座はモダンライフを謳歌する人々が集まった。その最先端を行くのがモガ(モダンガール)とモボ(モダンボーイ)のファッション。女性は洋服、髪型も日本髪から洋髪が主流となり、男性も青いスーツに派手なネクタイにあこがれ、映画館や喫茶店での休日を楽しんだ。コーヒー一杯10銭、映画の入場料金40銭、パーマネント代が20円、銀行大卒主任給70円の時代。キネマを観て、ダンスホールで遊び、西洋のスポーツも楽しんだ。 カフェーでは、世界各国の酒が揃いアイスクリームもケーキもあった。 意匠を凝らした気品ある店舗、美しさが街路にも溢れる。昭和初期に生まれた、銀座を憧れの街とし「フォーマルに決めて小粋に遊ぶ」という流儀が継承され、古きを守りつつも新たな流行を生み出す風土は平成になった現代も息づいている。【22】1935年(昭和10年)頃

フォーマルに決め小粋に遊ぶ、銀座の流儀。関東大震災の復興が進むなか、昭和初期の銀座はモダンライフを謳歌する人々が集まった。その最先端を行くのがモガ(モダンガール)とモボ(モダンボーイ)のファッション。女性は洋服、髪型も日本髪から洋髪が主流となり、男性も青いスーツに派手なネクタイにあこがれ、映画館や喫茶店での休日を楽しんだ。コーヒー一杯10銭、映画の入場料金40銭、パーマネント代が20円、銀行大卒主任給70円の時代。キネマを観て、ダンスホールで遊び、西洋のスポーツも楽しんだ。 カフェーでは、世界各国の酒が揃いアイスクリームもケーキもあった。 意匠を凝らした気品ある店舗、美しさが街路にも溢れる。昭和初期に生まれた、銀座を憧れの街とし「フォーマルに決めて小粋に遊ぶ」という流儀が継承され、古きを守りつつも新たな流行を生み出す風土は平成になった現代も息づいている。【22】1935年(昭和10年)頃