【35】帝都の象徴、東京駅。東京停車場(東京駅)は、日清戦争や日露戦争の停滞を経て、明治41年着工した。近代建築の父と呼ばれる辰野金吾が設計を手がけ、赤煉瓦と白い花崗岩を組み合わせた様式は「辰野式」と呼ばれる。1914年(大正3年)開業。コンクリートを多用したレンガ造のため、関東大震災では大きな損傷もなかったという。しかし1945年(昭和20年)の空襲で、耐火に優れた鉄骨煉瓦造の外観は残ったものの、ドーム屋根や内装はが焼失。戦災復旧工事で3階建駅舎が2階建にされ、焼失した壮麗なドームは八角形の寄棟となった。絵葉書の左に写るのは、今はなき旧国鉄本社ビル新館。1963年(昭和38年)竣工。新館は地上9階・地下3階で運輸省・国鉄本社の中枢が入った。ルネッサンス様式の優美な旧館は大戦中、空襲対策として1トン爆弾に耐える耐弾層を設置し、窓に木製の爆風避を設置し、外壁を迷彩塗装する工事が行われたという。【35】1963年(昭和38年)頃・東京名所東京駅

帝都の象徴、東京駅。東京停車場(東京駅)は、日清戦争や日露戦争の停滞を経て、明治41年着工した。近代建築の父と呼ばれる辰野金吾が設計を手がけ、赤煉瓦と白い花崗岩を組み合わせた様式は「辰野式」と呼ばれる。1914年(大正3年)開業。コンクリートを多用したレンガ造のため、関東大震災では大きな損傷もなかったという。しかし1945年(昭和20年)の空襲で、耐火に優れた鉄骨煉瓦造の外観は残ったものの、ドーム屋根や内装はが焼失。戦災復旧工事で3階建駅舎が2階建にされ、焼失した壮麗なドームは八角形の寄棟となった。絵葉書の左に写るのは、今はなき旧国鉄本社ビル新館。1963年(昭和38年)竣工。新館は地上9階・地下3階で運輸省・国鉄本社の中枢が入った。ルネッサンス様式の優美な旧館は大戦中、空襲対策として1トン爆弾に耐える耐弾層を設置し、窓に木製の爆風避を設置し、外壁を迷彩塗装する工事が行われたという。【35】1963年(昭和38年)頃・東京名所東京駅