【34】商人の気質、銀座らしさを継承。高度経済成長期の銀座。60年代、70年代の高度経済成長期になると、関西など全国から、銀座にやってきて商売をする人々が増えた。銀座の商売人が自ら店頭に立って丁寧に接客するのとは異なり、大阪の商売人は品揃えや安く提供することに専念し、販売は若い店員に任せ、店主は仕入れに徹する。昔から銀座で商売をしている旦那衆にしてみれば、銀座らしさが失われると心配した。結局、地方から銀座にやってきた人々が、銀座のスタイルに自ら同化(銀座ナイズ)していくことになる。「今までのやり方では商売にならない。売るためには銀座の流儀を守らなくては」と考えた。今でも銀座には関西出身の商店主が多く、銀座らしさが継承されているのである。【34】1962(昭和37年)頃・(東京名所)銀座通り

商人の気質、銀座らしさを継承。高度経済成長期の銀座。60年代、70年代の高度経済成長期になると、関西など全国から、銀座にやってきて商売をする人々が増えた。銀座の商売人が自ら店頭に立って丁寧に接客するのとは異なり、大阪の商売人は品揃えや安く提供することに専念し、販売は若い店員に任せ、店主は仕入れに徹する。昔から銀座で商売をしている旦那衆にしてみれば、銀座らしさが失われると心配した。結局、地方から銀座にやってきた人々が、銀座のスタイルに自ら同化(銀座ナイズ)していくことになる。「今までのやり方では商売にならない。売るためには銀座の流儀を守らなくては」と考えた。今でも銀座には関西出身の商店主が多く、銀座らしさが継承されているのである。【34】1962年(昭和37年)頃・(東京名所)銀座通り