開催趣旨

 

Ginza MUSEE では、19世紀末ウィーンで活躍した芸術家コロマン・モーザーの没後100年を記念し、企画展「世紀末の異才 コロマン・モーザー −平面から空間へ−」を開催します。                

19世紀-20世紀転換期(一般に世紀末といわれる)におけるウィーンの芸術はアール・ヌーヴォーの最終期にあたり、曲線から逸脱し、斬新な直線的、幾何学的、抽象的なデザインが創出されました。分離派様式と呼ばれるこのウィーンの芸術を、美術史家S.T.マドセンは「反動」と、建築史家G.ギーディオンは「19世紀と20世紀のあいだの興味深い間奏曲」と表現しています。

ウィーン世紀末に活躍した芸術家コロマン・モーザー(Koloman Moser/1868-1918)は、早くから絵画、挿画で評価を得ていました。その後、抽象的、幾何学的デザインへと移行し、1897年に画家グスタフ・クリムト(1862-1918)らとウィーン分離派(Wiener Secession)を設立。1900年、ウィーン工芸美術学校の教授に就任。1903年、企業家フリッツ・ヴェルンドルファーと建築家ヨーゼフ・ホフマン(1870-1956)と共に、ウィーン工房(Wiener Werkstätte)を立ち上げます。モーザーは、優れた平面芸術の才能を三次元に展開し、家具、照明具、工芸品、テキスタイルを含めた空間デザインにおいて成果を残しました。建築家オットー・ヴァグナー(1841-1918)設計のアム・シュタインホーフ教会のステンドグラスや祭壇画のデザイン、舞台装飾も手がけた多才な芸術家でした。

晩年は、スイスの画家フェルディナント・ホドラー(1853-1918)の影響を受け再び絵画に戻り、静謐な作品を残します。1918年、ハプスブルグ帝国が解体した激動の年。クリムト、シーレ、ヴァグナーが相次いで没し、モーザーも10月に50才で生涯を閉じます。独創的で洗練された造形美を持つモーザーの残したデザインは、100年が経過した現代においても新鮮さを感じさせます。                

本展では、モーザーによる空間デザインに主軸を定め、その土台となった平面作品も多数展示することで、その多才な功績を紹介します。

空間デザインでは、展示デザインの原点ともされるモーザーが担当したウィーン分離派展、クンストシャウ展の展示風景、住宅では《テラマーレ邸》、《ヘンネベルク邸》の内部空間などを紹介します。

平面作品は、舞台デザインのスケッチ《Bergsee》や日本初公開となるスケッチ《Semmering》などモーザー直筆の作品やポスター、そして、現代復刻されモーザーのテキスタイル《神託の花》を使用したオリジナル壁面作品《WWK》を展示します。

ウィーン世紀末に個性を放った異才コロマン・モーザー。優れた平面芸術の才能を、総合的な空間デザインや立体へ展開した軌跡を皆さまと辿ることができれば幸いです。

 

展示構成

 

第1部 空間デザイナーとしてのモーザー(1階ギャラリーA)
第2部 モーザーの生涯・平面作品(2階ギャラリーB)
第3部 現代へのメッセージー《WWK》(2階ギャラリーC)

 

コロマン・モーザー(Koloman Moser/1868-1918)

 

1868年3月30日、父ヨーゼフ・モーザーとハンガリー系の母テレジアの間にウィーンで誕生した。父の仕事が良家の子弟のための寄宿学校テレジアヌムの管理人であった関係で、校内の広大な敷地の中で育ち、そこにあった様々な工房に出入りすることで美術工芸の技術を自然に身につけたという。ウィーン美術アカデミーを中退後、ウィーン工芸美術学校に移り、画家としてスタートを切った。その後、グラフィック、工芸、家具、テキスタイルを手がけ、晩年は舞台デザインと絵画制作で才能を発揮した。

 

監修者紹介

 

川崎 弘美

Ginza MUSEE 共同代表。MUSEEに併設するウィーン世紀末に特化した「パルナスウィーンインテリア」を主宰する。長年、ウィーン室内装飾の研究に従事。総合芸術家コロマン・モーザーにフォーカスし、その業績を体系化。その魅力を現代に伝えるべく活動している。学習院大学卒後、銀座和光(室内用品部)に勤務。1989年、インテリアコーディネーターとして独立。2016年より、お茶の水女子大学 生活工学 共同専攻 博士後期課程 在籍。日本建築学会、日本インテリア学会で発表するなど研究を続けている。学芸員として作品の選定、展示構成など、本展を監修する。

 

関連イベント

2018年-月-日(土)17時〜18時
ギャラリートーク「コロマン・モーザーの功績とウィーン世紀末」 講演・川崎弘美
定員15名 Webフォームより-月1日より事前受付開始 当日参加可